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◆今週(2007年11月14日)の重点課題内容◆ 児童福祉の歴史 ◆

★ 関 連 科 目 一 覧 ★  ○:出題可能性あり △:出題可能性少しあり
社会福祉 児童福祉 発達 精神 小児保健 小児栄養 保育原理 教育 養護 保育実習
最重要項目・絶対に覚えましょう  必ず復習しましょう

古代社会
氏族社会(親族集団社会)であって、家族の相互扶助と氏族間の血縁・地縁の共同生活によっての生活が維持されていた。
飛鳥時代 わが国最初の児童救済。聖徳太子が摂政だったため、公的色彩の強い救済であった。
593年聖徳太子が四天王寺に四箇院(しかいん)を設立 
悲田院(ひでんいん)貧窮者や孤児の収容施設 
敬田院(けいでんいん)仏教的教化を目的とする施設
施薬院(せやくいん)貧窮病者への薬の無料配布施設
療病院(りょうびょういん)貧窮病者治療のための医療施設
奈良時代 国家財政窮迫。児童の救済は天皇個人や仏教徒によるものが多かった。
730年光明皇后によって施薬院、悲田院を設置 
施薬院日本・中国などから薬草を集め、薬を病気の人々に施す。
悲田院平城京の左京・右京に設置。病者・孤児を収容して療育し、貧しい人々の救済にあたる。

764年法均尼(俗名:和気広虫)(わけのひろむし)は、孤児を養育
和気広虫は、和気清麿呂(わけのきよまろ)公の姉で、慈悲心が深く多くの孤児を養育したことから、孤児院の起源ともいわれている。
鎌倉時代
  • 親が子どもを養育する義務感は発達せず、子は親の所有物としての観念が強かった。
  • 棄児、堕胎、嬰児殺しが横行、児童は単なる労働力か商品とみなされていた。
  • 幕府は、積極的に児童保護事業に乗り出すことはなく、仏教徒によって児童保護事業がおこなわれていた。
室町時代
  • 人身売買、堕胎、間引きなどが行われ、児童受難の時代だった。
  • 間引かれる嬰児の命を救わんとして日本で最初のヨーロッパ式の乳児院(救済院)を1555年に開設したのがイエズス会のルイス・デ・アルメイダ(Luis DE Almeida1525〜1583)である。
  • キリスト教伝来にともなう、キリシタンによる児童保護事業が行われた。
江戸時代
徳川吉宗
人々のための無料療養施設として「小石川養生所」を設立した。
養生所では、診療費、食費などはすべて無料で、衣類も支給された。

松平定信 
深川に常設窮民救済所を設置し、町会所と七分積金制度を作った。
七分積金制度 --- 江戸の地主が負担する町方の経費を節約させ、余った金の七割を積み立てて飢饉や災害時の貧民救済の準備金とした制度。
町会所 --- 七分積金制度を取り扱う機関と同時に総合的な救済施設。

五人組制度 
近隣五家の家長によって組織された隣保制度(相互協力と相互監視・連帯責任)で、その中に児童救済対策も含まれていた。


明治・大正時代
児童救済事業が制度化しはじめた

明治4年
(1871)
「棄児養育米給与方」(公的児童救済法)
15歳までの棄児に年7斗の養育米を支給する。→昭和4年「救護法」制定まで存続。

明治7年
(1874)
恤救規則  ※H16社会福祉問(2)出題
13歳以下の幼者、極貧独身、労働不能の70歳以上の者、障害者、病人に、一定限度の米代を支給。 → 昭和4年「救護法」制定まで存続。
救済は、隣保相扶(相互扶助)の網から漏れた無告の窮民(全く身寄りのない者)に限定されていた。

明治16年
(1883)
「感化院」設立
池上雪枝によるわが国最初の感化事業。 
感化事業 --- 非行の少年・少女を保護・教育して、矯正する事業。教護事業。

明治18年
(1885)
高瀬真卿(しんけい)「私立予備感化院」設立、翌年「東京感化院」に改称、その後 昭和24年児童福祉法による児童養護施設に転換した。
 ↑↑↑※H16問(1)出題

明治20年
(1887)
石井十次 「岡山孤児院」設立  ※H19問(3)、H16社福問(2)出題

明治23年
(1890)
赤沢鍾美(あつとみ)ナカ夫妻により設立された新潟静修学校の付設、わが国最初の託児所  ※H19問(3)出題

明治24年
(1891)
「孤女学院」→ 明治30年「滝乃川学園」 
濃尾地方を襲った大地震を視察した石井亮一が被災孤児を引き取り、「孤女学院」を設立、明治30年に孤女学院を知的障害児教育の専門施設として「滝乃川学園」と改称 ※H19問(3)出題

明治32年
(1899)
留岡幸助(とめおかこうすけ)による「家庭学校」(感化院・現在の児童自立支援施設)開設  ※H19問(3)出題

明治33年
(1900)
二葉幼稚園設立 
野口幽香・森島峰(後に斎藤峰)による二葉幼稚園(後の二葉保育園)設立

明治33年
(1900)
「感化法」制定
都道府県に感化院の設置を義務付け、満8歳以上16歳未満の少年犯罪者およびその虞のある者に対して、感化教育を行う。
1800年代
前半
イギリス
1802年、小さな子どもへの過酷な労働強制を制限する「工場法」が制定。
1834年、救貧法(エリザベス救貧法)改正「新救貧法」制定。
民間福祉活動による児童保護事業が活発となり、1870年には「バーナードホーム」が開設された。 ※H18問(1)出題
1889年
イギリス
英国「児童虐待防止法」制定
 
1909年
アメリカ
第1回ホワイトハウス会議  ※H17問(1)出題
第1回ホワイトハウス会議で「家庭は文明の最高の創造物である。故に緊急止むを得ない事情のない限り児童を家庭から切り離してはならない」という家庭尊重の原則が宣言され、20世紀の児童育成の基調となった。
大正11年
(1922)
「少年法」と「矯正院法」
少年法は、少年審判所の設置を原則として、満14歳から満18歳未満の非行行為を行った少年の処遇などを定めたもの。
矯正院法は、国立の矯正院(名称は少年院)を置き、少年法による保護処分として少年審判所から送致された少年を収容し性格矯正が行われた。
従来の感化院は、通常満14歳未満の児童を入院させることになった。


昭和時代
昭和4年
(1929)
「救護法」 
昭和4年制定 → 昭和7年実施 ←※H16社会福祉問(2)出題
恤救規則に代わり、貧しい子どもたちを施設に収容し、母子の保護を行った。

昭和7年
(1932)
日本で初めて肢体不自由児の学校「東京市立光明学校(光明学園)」が設立された。(高木憲次らの努力によるところが大きい。)

昭和8年
(1933)
「感化法」を「少年教護法」に改正_(昭和9年10月施行)
懲戒的から教育的保護を行うことを主眼とした。感化院少年教護院と改称した。
→ 昭和22年「児童福祉法」に吸収

昭和8年
(1933)
「児童虐待防止法」制定 → 昭和22年「児童福祉法」に吸収
当時の児童虐待の背景には絶対的な貧困と儒教的家父長的家族制度に基づく「私物的我が子観」があり、現在の虐待とは質が異なっていた。 ↑↑↑※H16問(1)出題

昭和12年
(1937)
「母子保護法」 貧しい母子家庭の生活扶助のために制定された。

昭和12年
(1937)
「保健所法」制定 → 平成6年に「地域保健法」に改正

昭和13年
(1938)
「社会事業法」制定 育児院や託児所に公費扶助が設けられた。
昭和26年「社会福祉事業法」(現「社会福祉法」)制定により廃止された。

昭和13年
(1938)
厚生省(現:厚生労働省)設置
児童課がおかれ、児童問題への取組みが考えられた。

昭和17年
(1942)
「妊産婦届出制」「妊産婦手帳制度」が新設され、妊婦の届出により「妊産婦手帳」が交付され、保健指導や妊産婦及び育児指導が行われた。
「妊産婦手帳」は今日広く普及している「母子健康手帳」の前身である。 ↑↑↑※H16問(1)出題

昭和17年
(1942)
高木憲次医学博士により「整肢療護園」が設立された。「肢体不自由児の父」と呼ばれる。  ※H19問(3)出題

昭和20年
(1945)
「戦災孤児等保護対策要綱」 終戦の1ヶ月後に公布。

昭和22年
(1947)
「児童福祉法」制定  ※H17問(1)出題
従来の「児童虐待防止法」「少年教護法」は、廃止された。

昭和26年
(1951)
5月5日 「児童憲章」 
法律ではなく、児童の福祉を図るための国民的約束である。

1959年
(昭和34年)
国際連合
「児童権利宣言」 ←法的強制力はない。  ※H17問(1)出題
20年目 ※1979年「国際児童年」
30年目 ※1989年「児童の権利に関する条約」
1994年「児童の権利に関する条約」<日本批准>強制力をもつ
 
昭和36年(1961) 「児童扶養手当法」 
父と生計を同じくしていない児童の扶養

昭和39年(1964) 「母子福祉法」(昭和57年 母子及び寡婦福祉法 
配偶者のいない女子で、かつて配偶者のない女子として児童を扶養していたことのある女子の保護法

昭和39年(1964) 「家庭児童相談室」が福祉事務所に設置された。
 ↑↑↑※H18問(17)、H16問(1)出題

昭和39年(1964) 「特別児童扶養手当等の支給に関する法律」 
精神または身体に障害のある児童、あるいは重度の障害のある児童の扶養

昭和40年(1965) 「母子保健法」 
母子及び乳幼児に対して保健指導、健康診査、医療そのほかの措置を講ずることによって母性と乳幼児の健康の保持及び増進を図ることにより国民保健の向上に寄与する

昭和46年(1971) 「児童手当法」 
児童を養育している者に児童手当を支給することにより、家庭における生活の安定に寄与するとともに、次代の社会を担う児童の健全な育成および資質の向上に資する。
昭和56年(1981) 「延長保育」「夜間保育」創設。


平成時代
平成2年
(1990)
社会福祉関係8法改正(児童福祉法の改正)
【障害児に対する在宅福祉サービス3本柱】
 (1)ホームヘルプ(2)ディサービス(3)ショートステイが明記された。
 
平成6年
(1994)
主任児童委員創設→平成13年児童福祉法の改正で法定化された

 
平成6年 エンゼルプラン 
「今後の子育て支援のための施策の基本的方向について」
 
平成6年 緊急保育対策等5か年事業(平成7年度〜11年度終了) ※H19問(4)出題
エンゼルプラン具体化の一環 → 新エンゼルプランへ
 
平成10年
(1998)
施行
保育料 【応能負担方式】から【応益負担方式】に変更 
平成9年児童福祉法の改正により、従来は所得に応じて負担する「応能負担」方式だったが、受けたサービス(価値)によって費用を負担する方式「応益負担」となった。
具体的には、年齢等に応じた保育サービス費用負担
 
平成11年
(1999)
新エンゼルプラン(平成12年度〜平成16年度)  ※H19問(4)出題
「重点的に推進すべき少子化対策の具体的実施計画について」
 
平成11年 「児童買春、児童ポルノに係る行為等の処罰及び児童の保護等に関する法律」制定
通称 「児童買春(じどうかいしゅん)禁止法」 買う側を罰する法律
 
平成12年
(2000)
「児童虐待の防止等に関する法律」の制定
通称 「児童虐待防止法」
 
平成12年 「健やか親子21」策定  ※H19問(16)出題
(2001年から2010年までの10年間の目標)
 
平成12年 社会福祉基礎構造改革に伴い「障害児相談支援事業」が法定化(H18.10.1削除)
↑↑↑※H16問(6)出題

平成13年
(2001)
中央児童福祉審議会は、社会保障審議会に統合された
2001年1月中央省庁の再編成にともない、審議会の整理合理化
 
平成13年 「待機児童ゼロ作戦」
平成14年度中に5万人、さらに平成16年度までに10万人、計3年間で15万人の受け入れ児童数を増やすことを目標に掲げた。
 
平成13年 「配偶者からの暴力の防止及び被害者の保護に関する法律」の制定
通称 「DV(ドメスティックバイオレンス)防止法」
 
平成15年 「次世代育成支援対策推進法」成立 ※H19問(4)出題
  10年間の時限立法(平成27年3月まで)で、国・地方公共団体・事業主の責務として、「行動計画」を定めることが求められている。 ※H19保育問(3)、H17問(4)出題
 
平成15年 「少子化社会対策基本法」成立
合計特殊出生率(2002年、1.32)の更なる低下と既婚夫婦の出生数の低下を「有史以来の未曾有の事態」と捉え、策定された。
 
平成16年 「少子化社会対策大綱」策定 ※H17問(4)出題
少子化社会対策基本法第7条に基づき、少子化に対処するための施策の指針として、総合的かつ長期的な少子化に対処するための施策の大綱である。
 
平成16年 「子ども・子育て応援プラン」策定  ※H19問(4)出題
少子化社会対策大綱に基づく重点施策の具体的実施計画について
(平成17年度〜平成21年度)
 
平成16年 「発達障害者支援法」の制定 ※H19問(11)出題
(平成16年12月3日制定、平成17年4月1日施行
平成17年 「障害者自立支援法」の制定  ※H19問(11)出題
(平成17年10月31日成立、平成18年4月1日施行


今週の重点課題関連・児童福祉用語
バーナード・
ホーム
トーマス.J.バーナードが1870年イギリスに開設した孤児院である。
里親制度、小舎制度など、先駆的な取り組みを行った。
 ↓↓※H18問(1)、H16問(1)出題
わが国の児童福祉施設の小舎制などの処遇体系を重視した石井十次は、このバーナード・ホームなど諸外国の影響を受けている。
エリザベス・
サンダースホーム
第二次世界大戦後の1948年、三菱財閥の孫娘である沢田美喜が、戦災孤児のための孤児院として設立した児童養護施設である。
このホームは、戦後連合軍兵士と日本人女性の間に生まれ、周囲から見捨てられた混血孤児たちのための施設であった。 ※H18問(1)出題
夜間保育 夜間保育とは、基本的に保育時間を概ね午前11時より午後10時までの11時間としている。
厚生省(現:厚生労働省)は、昭和56年(1981年)度から、既設の保育所において夜間保育を導入した。 平成3年(1991年)に厚生省によって制度化され、平成7年(1995年)度から夜間保育所(保育時間は、通常の保育所と同じ8時間であるが、おおよそ午後10時まで開所)を保育所の一類型として正式に位置付けた。

◆ 重 点 課 題 ◆ 関 連 問 題 ◆


問題番号:g02-002(2007.11.14)

[問1]次の文は、1990年代から近年に至る重要な少子化対策、子育て支援対策
    などの歴史的推移の記述である。年次別に左から順に並べたものとして
    正しい組み合わせを一つ選びなさい。

   A 「子ども・子育て応援プラン」(少子化社会対策大綱に基づく重点
     施策の具体的実施計画について)の策定

   B 「健やか親子21」(21世紀の母子保健の取り込みの方向性を示し、
     関係機関・団体が一体となって推進する国民運動計画)の策定

   C 「社会福祉関係8法改正」(住民に最も身近な市町村で、在宅福祉
     サービスと施設サービスを一元的・計画的に提供されるようにする
     ことを目的とした法改正)

   D 「次世代育成支援対策推進法」の公布

   E 「エンゼルプラン」(今後の子育て支援のための施策の基本的方向
     について)の策定


   (組み合わせ)
   1 C−E−D−B−A
   2 C−E−B−D−A
   3 E−C−B−D−A
   4 C−E−A−B−D
   5 C−B−E−A−D

◆ 今 週 の 問 題 ◆ 解答 / 解説 ◆


問題番号:g02-002(2007.11.14)

[問1]解答【2】

    【平成2年(1990年)】
   C 「社会福祉関係8法改正」住民に最も身近な市町村で、在宅福祉サ
     ービスと施設サービスを一元的・計画的に提供されるようにするこ
     とを目的とした法改正。

    【平成6年(1994年)】
   E 「エンゼルプラン」(今後の子育て支援のための施策の基本的方向
     について)の策定

    【平成12年(2000年)】
   B 「健やか親子21」(21世紀の母子保健の取り込みの方向性を示し、
     関係機関・団体が一体となって推進する国民運動計画)の策定

    【平成15年(2003年)】
   D 「次世代育成支援対策推進法」の公布

    【平成16年(2004年)】
   A 「子ども・子育て応援プラン」(少子化社会対策大綱に基づく重点
     施策の具体的実施計画について)の策定

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